2011年6月21日火曜日

プラムとバナナとグローバル

これは何でしょう?


ハート?
いいえ。


これはプラム。
わかったかな?

物は見る視点によってだいぶ変わるものだ。
娘がプラムを食べようと手に取って今書いた事と同じ事を言ったので、なるほど見方によって見え方はずいぶん違うものだなぁと思った。
そういえば昔娘がまだ小さい頃車で走っていて、建物の壁に大きく描かれていた花王のお月様のマークを見て、バナナだ〜!と本気で言った事があった。
大人目線では花王のお月様にしか見えなかったその絵も、小さい娘にはバナナに見えたのである。
その時、なるほど視点を変えればバナナに見えるよなーと妙に納得したのを覚えている。


友人と話していて、もっとグローバルな物の見方をしなきゃいかんよねと友人が言ったので、じゃあどうすればいいのか?と尋ねたら、もっとこうグローバルな物の見方や考え方をする人達と触れ合ってシンパシーを感じて、そこで自分の意見や考えを述べたり討議したりしなきゃいかん。
そしてそれは自分の好きな事や興味ある事をとことん追求しながら、よりグローバルな環境に自分を持っていかなきゃいかん、と。
最初はふんふんと聞いていたけれど、だんだん疑問が湧いてきて話に共感できなくなった。
そもそもそれって足下を見失ってはいないかい?と尋ねると、いやそれは相手によるだろうと軽くレスしてきたので、ちょっと待て!と友人を向かいに据えてそれは大きな間違いだ!と言ってやった。
グローバルグローバルって言うけど、そうゆう奴に限って大きい視点で語っているようで、実はただ一方からしか物事を見ていないんだ。それはつまり自分目線でしか見てないって事だ。
もう一方の視線...そのグローバルな仲間たちの輪の外から自分を見る事ができなきゃ、本当に自分をグローバルな環境に置く事はできないんだぞ!

なるほどわかりました、と友人は言ってまた何か模索し始めたようだったけれど、だいたいやる事はわかっているのでしばらくそっとしておこうと思う。
というかきっと友人は気づいていないかもしれないけれど、自分の話を誰かに聞いて欲しい、自分に興味を持って欲しい、つまりは人に愛されたいと思っているのだ。
友人としてこんなに愛してあげてるのに飽き足らないなんて贅沢な奴だなぁwwwと思ったけれど、そんな風に常に活動的でありたいと思う友人がうらやましいとも思う。
きっと友人はなりたい自分になるだろうな。

私などちっともグローバルなんかじゃなくて先の質問で娘に「プラムはプラムだろう!」と答えてしまうようなだめ母だけど、プラムとグローバルの一件でもう少し視野を広げなきゃいかんよねと思った次第。
さあどこから手をつけようかwww

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