2011年7月1日金曜日

南極料理人にすっかり心を奪われた

最近すっかりバラエティを見る機会が減ってしまったけれど、昨夜は3対1の多数決で私以外の家族が見たいと言ったので「いきなり!黄金伝説」を見た。
「1ヶ月1万円生活3時間スペシャル」でいとうあさこと麒麟の田村が対決するという企画だったんだけれど、その中でいとうあさこが大ファンであるという一人の料理人が登場した。
その人西村淳さんは南極観測隊として隊員達の料理をたった一人で受け持っていたという。

1952年北海道留萌市生れ。
海上保安庁在任中に’89年(30次)、’97年(38次)の2度南極観測隊員に選ばれ、’97年からの38次隊では、地球上最も苛酷といわれる平均気温
-57℃(当時)の「ドームふじ基地」で越冬した。
『面白南極料理人』はその毎日を綴った爆笑エッセイ。
舞鶴海上保安学校で、練習船「みうら」教官として若き海猿たちを指導するかたわら、講演会、料理講習会、TV・ラジオなどで活躍し、2009年に辞職。札幌に戻り、食を通しての様々なコミュニケーションを図る「オーロラキッチン」を設立。
出典:南極料理人 西村淳のオーロラキッチン


番組では南極での隊員達の様子や食卓風景が映し出され、大変目を奪われた。
外でお湯をまいたら、一瞬にして煙になるような想像もつかない−50何度の世界。ドラム缶でお風呂に入る隊員の髪の毛は、形作ったそのままにカチンコチンになっていた。まるで窒素で瞬時に冷やしたバナナのように。
ドームふじ基地とはどんなところかwikiで調べてみた。


ドームふじ基地(ドームふじきち)は、南極大陸上南緯77度19分01秒東経39度42分12秒 座標: 南緯77度19分01秒 東経39度42分12秒、標高3810mに位置する日本の南極観測基地のひとつ。1995年(平成7年)にドームふじ観測拠点として開設、2004年(平成16年)4月1日に「ドームふじ基地」に改称された。昭和基地からは約1000km離れており、雪上車や航空機で移動する。
ドームふじ基地では、氷床深層掘削計画が実施されている。これは、氷床を深さ3000m以上掘削して氷床コアを採取するものであり、氷床コアを分析することで過去約100万年間の気候変動が判明するものと期待されている。
この基地に第38次越冬隊の調理担当として赴任した、海上保安官出身の西村淳が著したエッセイ「面白南極料理人」を原作とし、2009年夏から映画「南極料理人」が公開された。なお続編に「面白南極料理人笑う食卓」、「面白南極料理人名人誕生」があり、各新潮文庫で刊行。
内陸の標高が高いところに位置するため、南極で最も低温な領域の一つである。厳しい気象条件下で欠測が多く、長期間の充分な気象観測記録はないが、1996年の年平均気温は−54.4℃であった。同年5月14日には−79.7℃の最低気温を記録している。
出典:wikipediaより

寒い場所ではそこに居るだけでカロリーを多く消費するらしく、食べないとどんどん痩せていってしまう。一般的な成人の摂取カロリーが2000kcal前後であるのに対して、隊員達は一日6000kcalほど摂るのだそうだ。
その隊員達の毎日の料理を一人で作っていたという西村淳さんの作った食卓風景は大変豪華でまた目を奪われた。
毎日でも食材を調達できる一般家庭とは違い、遠い極寒の地では何ヶ月も食材の補給などない。その中でいかに工夫し隊員達の健康を維持し、いかにおいしく作るか?
それを考えると、どれだけ大変な状況だったか想像するだけで頭が下がってしまう。
普通に暮らしていたら簡単に手に入る水も、基地では雪や氷を溶かして作らねばならない大変貴重なもの。
いとうあさことの料理風景でもフライパンを一回も洗わずに次々と節約料理を作り出していた。最後にじゃがいもの絞り汁でフライパンを洗って油分を落として終わり。すごい!

節電、節水と世間で言われているけれど、自分が心がけているそれなんて全然大した事ないよなーと身につまされた。
自分の普段の生活を考えると、どれだけの水を浪費し、どれだけのゴミを出して来ただろう。少し心がければ、もっとできるはずなのに。
例えば停電になったり、水が出なくなったりすればどうにか工夫をするのだろうけれど、制限されていない状況でいかに節約を心がけるか?
ある意味自分との闘いだけれど、今日からやってみようと思う。

そんな西村淳さんの著書「面白南極料理人」がおもしろそうだったのでさっそくポチってみた。

大好きな和田誠さんのイラストもほのぼのとして良い感じ。
明後日には届くだろう。久々に本の虫になりそうだ。


追記:ポチったものの1週間経っても発送されず。TVの影響からか「面白南極料理人」は待ちの状態のようです。早く読みたい!

0 件のコメント:

コメントを投稿